バンドの今昔

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1987.10.1 上海大厦より南側を臨む
1999.6 延安中路歩道橋より北側を臨む
 上の2点をごらんいただければわかるかと思いますが、上海を代表する観光名所の外灘(バンド)の変遷でございます。
今でこそ、夜はライトアップで年がら年中光っておりますが、わたくしが住み始めた頃はというと、唯一10月1日の国慶節(建国記念日)のみのスペシャルイベントだったのでございます。
 とはいえ、左右の写真を見比べればよくわかるかと思いますが、当時のライトアップは主要な建物の輪郭を縁取るだけでありまして、今のものと比べると貧相きわまりないんですが、それでも、夜になれば街中真っ暗な時代には、充分なインパクトがあったのでした。つーか、私は昔のほうが風情があって好きです。照らせばいいってもんじゃないよねと思うのだが、どうも中華民族というのは加減を知らないようで…。
 当時の中国にはカラオケもなくクラブもなくディスコは不良かガイジンの行くところでありまして、娯楽といえば散歩か映画。だから、この国慶節のライトアップは、年に1度の大イベントだったのです。というわけで、上海中の人がこの素晴らしい夜景を観ようとバンドにごってりとウンカの如く押し寄せるのでありました。
 ちょうど前日、日本での恩師の実家にお呼ばれしてたんですが、国慶節ちゅーことでえらいご馳走を振る舞われたあと、「明日、バンドには
もちろん行くのよね?」と聞かれ、行かないとでも言おうもんなら叱り飛ばされそうな勢いだったことを付け加えておきます。

 あ、ちなみに上海大厦から撮った写真ですが、当時は立ち入り禁止になってるバルコニーからのものです。従業員の目を盗んで侵入しました。当時はホテルの出入りも厳しかったんだよなー。中国人はほぼ進入禁止だったし。なので、結構貴重な写真だと思います。
ガーデン・ブリッジを見下ろす。橋ノ上のつぶつぶは言うまでもなく人。思わず難民流入を想像したのは私だけではあるまい
月がキレイな夜でした。どっち方向を撮ったのかは不明
で、何をしてるかというと、ただ腰掛けてぼーっとしてるだけなのだ。そこの公安、非番なんだったら制服脱いで来いと思わずツッコミを入れたくなる。「観た」という事実のが大切なんだろうと思う。このへんは、日本人の花火大会に通じるものがあるかと。右の画像は南京路。当日、バンド沿いの中山路と南京路は歩行者天国になる
上海的カメラ小僧
ココアも国慶節特別価格で驚きの0.15元。今、街で紙コップのコーラを飲めば1杯2元と10倍以上。そもそも小数点2ケタの値段が存在すること自体今じゃ信じられんが、当時は当たり前で、トロリーバスの最短距離が4分(0.04元)だった。グラスを持ち帰ったら5元の罰金。って無茶苦茶高いんですけど。
ちなみに、「味道好極了!」は当時流行ってたネスカフェのコピーであります。
「とーちゃん、おしっこ」
「オウ、ここにしな。風船に引っかけるなよ」
そしてその水たまりを群衆が踏んでいく……

とまあ、こんな風に人込みにもまれながら、何をするでもなく彼らは灯を眺めて家路につくのでありました。
で、翌日は疲れちゃって仕事に身が入らず、と。あ、仕事しねーのはいつものことだったっけ。