2003.1.16〜2003.1.22
1元=約15円です

1月20日 晴れ
 ようやく体が馴れてきたのか、寝覚めは結構快適。つーかもう日程の半分終わってるんだけど……。遅いっちゅーの。
 本日はまたまたYさんを誘って、市の東方面に向かうことにする。言うまでもなく東台路の骨董市場。ううう、またカネを使ってしまうのだ。今回こそは、旗袍2着までにしておこう…。という決心はどうせムダな抵抗なのはわかりきってる。
 Yさんがホテルまで来たあと出発。の前に、近所の銀行で円を人民元に両替する。今までの日程で使ったお金は約4万。ホテル代もあるし、ちょっと余計に…3万両替。これではちょっと厳しい気がしたけど、ヘタにたくさん両替したら、東台路でいくら使うかわかったもんじゃないので、わざと少なめに両替したというわけ。

 一瞬バスに乗って行こうかと思ったが、結構距離もあるし、時は金なりだねと、タクシーにする。17元。
 東台路の向かいにある花鳥魚市場(植木やらペットやら熱帯魚やらを売ってる市場)を冷やかしてから、さて東台路。昔は日曜というと、Oさんと連れ立って出物を探しに来たものだ。花鳥魚市場になっているところには以前道路があって、日曜になると、景徳鎮あたりの農民が盗掘品を売る市が立った。業者の買い付けも結構多くて、いいものはさっさと売りきれてしまうので、夜明け前から懐中電灯を持って、音楽学院から自転車を飛ばしたものだ。もっとものちあまりに盗掘品だらけになっしまって、市の手入れが入ってからは、ただのガラクタ市場になってしまったけど。

 さて、今回のこと。案の定冷やかすだけのつもりが、ブツを見たらもういけない。3〜40年代くらいのブリキのチョコレート缶に手を出したのを手始めに、あとは坂道を転げ落ちるだけ。かなりセーブしたつもりだったのに、気付けば両手は大きなビニール袋で塞がっていた。戦利品は以下の通り。
旗袍 6着
・長袍(男性用の長着) 1着
・短襖(女性用の上着) 1着
・デッドストックのレース 1巻
・レース類のおまけにもらったブロード 1mくらい
ブリキのチョコレート缶 1個
サンデー用グラス 4個
 私はアンティークの中国服を見ると、中村うさぎのことを笑えないくらい、物欲の鬼と化してしまうのである。最近は変わったマテリアルのものにしか手を出さないようにしているのも、むやみにコレクションを増やさないための“工夫”なのだ。
 ああまたやってしまったとクラクラしながら市場を出て、さて豫園にでも行って昼飯でも食おうかと、東に向かって歩く。豫園までの風景はほとんど変わっていなくって、ちょうど昼時ということもあって、道端に出されたテーブルをびっちり囲んだ人たちが食事をしていた。こういうところで食べてもいいんだけど、何だか無性に精進料理が食べたくなったので、豫園なのだ。

 豫園商城の地下にも骨董市場があるんだけど、もう見ないことにする。見たらどうなることか…。
 まっすぐ向かったのは、精進料理の店「松月楼」。改装後に来るのは初めてだ。一階で気軽に精進麺を食べてもいいけど、ちゃんとした料理を食べたいので2階へ。お昼のピークを過ぎていたので、すんなり座ることができた。
 中国の精進料理は、煩悩に打ち勝つといったストイックさはみじんもなくて、野菜や大豆製品をいかに生臭モノに近づけるかが真骨頂。だからメニューの料理名も肉あり魚ありカニありで、普通のレストランと変わらない。そんな中からカニ炒めもどき(実体:卵白、ジャガイモ、ニンジン、しいたけ)、豚ロースもどき(実体:大豆たんぱく)の紅乳ソース、豚マメもどき(実体:こんにゃく)炒めあんかけ焼きそばを食して、2人で92元。味は悪くないけど、コックが変わったらしくて、前のほうが美味しかった。お気に入りの店だっただけにちょっと残念である。

 豫園で何も買う目的はないけど、ハーブティーに使う漢方薬だけは買っておこうと、老舗の童涵春堂へ。2階の処方へ行って、陳皮と麦冬を50gずつ。合わせて2.5元はタダ同然でしょ。やっぱ中国で買うと安いなー。日本で買ったら1000円は取られるんじゃないだろうか。1階では普通の売薬と一緒に、比較的ポピュラーな中薬を売っている。そこで花茶用に彩菊、千日紅、当帰を求める。1階で売ってるものらしくさすがにちょっと高くて、42元。

 タクシーを飛ばしてホテルに荷物を置いたあと、O氏の事務所に用事があったのでさらに西へ。用事を済ませて、さあどうしようと思っているところに、もうひとりのO氏から電話。瑞金賓館内の超人気タイレストラン、ラン・ナ・タイで食事をしようと約束していたのだ。が、ラン・ナ・タイは貸し切りだったんで、衡山路にあるレストランにするという。ん? そこってもしかして、日本人シェフのいるあのバカ高いレストランじゃない? ゴチになるっていうのにそんな高いところ……。でもうれしい。

 待ち合わせの7時まで中途半端に時間が余ったので、小腹を満たそうと、「美新湯団店」に行くことにする。このサイトのレシピページで、黒ゴマの白玉団子が上海一美味しい店と書いたところだ。「台湾人で、味にすごくうるさい友達がベタ褒めしてるのよー、一回行きたかったの!」とYさんも言う。
 この店は完全に時間が止まってる。メニューも昔と同じだし、団子を包んでる女の人たちの顔触れも変わってないし、食券を売るおじさんも同じ人。食券と引き替えに竹の洗濯ばさみをもらうシステムまで。夕ご飯には早いのに、麺を食べる人、湯団を食べる人で満員なのも、地元客だけなのも、以前と変わりない。私たちにはご馳走が待っているので軽めに済まそうと、猪油湯団(黒ゴマ)を1人1碗ずつと、小籠包の白玉版という感じの、鮮肉湯団を2人で1碗注文。各4元。そうだ、日本でつくるために黒洋酥(ゴマあん)も買っておこう。500gで14元。あー八宝飯(もち米にあんこを詰めて蒸した、上海の正月に欠かせないお菓子)も欲しいなー…。きりないよ。
 数年ぶりに食べる美新の湯団、「んー、んまーい!」。この味だよぉ。キメの細かい団子、ゴマあんは舌にとろけ、肉あんにはスープがたっぷり。Yさんも「お団子のキメが全然違う! ゴマあんの味も!」とご満悦。いいなー、あなたは思い立ったらいつでも来られるのよねー。どこぞの台湾資本に体よく買い取られて、この味、この雰囲気が変わってしまいませんように。

 腹ごなしにと、てくてく南に向かって歩く。この一帯は、洋服の工場横流しを売ってる店が多い。その中で、「セーター一律19元!」の張り紙で賑わう店に引き寄せられる。どこからかき集めてきたのか、いろんなブランド、いろんなデザインのセーターがぎっしりハンガーにかかっている。品物も悪くない。いかん、また悪い虫が…。で、気付いたら5枚も買ってるのね。掘り出し物は、エディーバウアーの淡いグリーンのセーター。

 さらに南に下り、ここの掲示板でも一時話題になった「魔女屋敷」こと、海運王のモーラーの元お屋敷前まで出た。娘が夢で見た建物を再現したというこのお屋敷、今はホテルになっている。中を見学しつつコーヒーでも飲んで行こうよと、門をくぐる。暮れ始めた庭を眺めながらのエスプレッソは46元。さっきの湯団11人分頼んでもおつりが来る。恐ろしくものの値段が不均衡なのは、もう馴れてるから何とも思わない。逆に、贅沢さえ言わなければ日本よりもずっと安く暮らせるなあと思うだけ。上海の幽霊話で小一時間ほど盛り上がる。

 こっからだと歩いても行けるねーと、ゆるゆる歩くのはいいんだけど、あっちの店、こっちの店と引っ掛かり、気付けば約束の時間5分前になってしまった。ヤバイ! 今日の会食の面々は、私を除くと初対面なのだ。紹介する立場の人間が遅れてどーするよ! と慌ててタクシーを拾って、レストランまで向かう。案の定みんな私たちよりも先に着いていて、すげーばつが悪い、と思いきや、1階のバーでくつろいでる様子はあたかも旧知の間柄。早くも打ち解けているようで、これはこれでばつが悪い。

 ばつが悪いまま食卓につく。メンツは招待してくださったO氏、O氏の部下のZ嬢、取引先のT氏、私の側からは友人のO氏とその連れのI氏、それにYさんと私である。Yさんと私を除けばメンバーはみんなビジネスマン。当然席上の話題もビジネスのことが中心である。この人たち、こんなに仕事の話ばっかして飽きないのかなーと思いつつ、それでも面白いからついつい聞き入ってしまう。自分の知らない世界の話を聞くのって、やっぱり楽しい。でもこれが毎日だったら、私はきっと勤まらないだろうなあと、ワインでぼやけた頭で考えつつ。
 料理の見た目は美しい。そして味は……ノーコメント(笑)。味覚には人それぞれの好みがあるということで、詳細はカンベンしてくださいまし。サーヴィスはお行儀がいいものの四角四面で遊びがなく、まあこれは仕方ないとしても、最低限のことができてなかったりする。オードブルのあとにワインのテイスティングが来るってどういうこっちゃ。客単価の高さがサーヴィスに反映されなければ、本当の意味での「高級店」には仲間入りできないんだけどなぁ。さらに、9時を過ぎる頃から1階のバーにバンドが入り始めたのだが、ナンバーが中国のヒット曲(今のね)って何? オーナーは一体何を考えてるんだか…。上っ面だけ高級店のふりをしてもどこかちぐはぐだから、上客はついてこないし、育たない。まさに今の上海における「高級」を具現するようなレストランだ。上海の発展ぶりを見ていると、客に迎合せずに、上客を育てるくらいの勢いがあるレストランがそろそろ出てきてもいいんじゃないの? と思うんだけど。このレストランなど、ロケーションが最高なだけに、そういう点ですごく残念だ。

 食事が終わったところで、Yさんは歩いて、O氏側の人々は車で帰っていった。I氏は日本から人が来るらしく、これから浦東の空港に向かうとか。これ、都心から成田に向かうのと同じ感覚だもの。ホントにご苦労様。さて残されたもう一人のO氏と私は、タクシーを拾って古北地区へと向かう。ガイジンがたくさん住んでいて、彼ら向けのレストランと領事館がたくさんあることを除けば、他に何があるのかと言われれば何もないところだ。
 古北の夜は、雑然という言葉とはほど遠く、ビルのふもとにネオンが見える以外は閑散としていた。薄暗いビルの下で、普通の格好をした女の子が人待ち顔でたたずんでいて、たまに通りがかる日本人に片っ端から声をかけている。何を言っているのかは言うに及ばず。ネオンに目を移すと、あちこちに日本語が見える。日本人のほとんどはこのうちの何軒かを「行きつけ」にして、その「点」を渡り歩くことで、上海での世界観を確立するんだろう。私が住んでいた頃、外国人と中国人の間には明らかな垣根があったけど、それがなくなった今も、日本人は自ら垣根をつくっているのだ。仕事ですり減った神経を休める唯一の場として。
 O氏なじみのおねーちゃんのいるクラブに行くが、客は日本人だけだった。そしておねーちゃんたちにはもれなく日本名がつけられている。きっとこのへんにはこの手のクラブがたくさんあるんだろう。ヘネシーの水割りと一緒に渡されたカラオケの歌本はDAMだったかU−KARAだったか、とにかく日本の歌本で、新曲もフォローしている。ゆっくり飲もうにも田舎出身のおねーちゃんたちの日本語教師をさんざんさせられ、飲みに来たのかボランティアに来たのかわからなくなり、こりゃたまらんと抜け出して隣の日本料理屋を覗く。するとI氏が日本からのお客さんと一緒に飲んでる最中で、テーブルにはチョーヤの梅酒やチューハイと共に、日本の居酒屋と全く変わらない見栄えの料理が並んでいた。


 …それから何時間経っただろうか? 気付けば場所はなぜか戯劇学院の門が見える真鍋コーヒー店で、私は冷めたハーブティーを前に、O氏に延々とグチをこぼしていた。日本の生活で溜まりに溜まったストレスと、先行きが見えない不安、確かそんなことを話してたんだと思う。そういえばこの人と知り合ってもう十数年にもなるけれど、こんなにグチをこぼしたのは初めてじゃなかろうか。上海という場所にかじりついて、成功をおさめたO氏の話は確かにうなずけるところも多かったけど、何かが違うような気がしてしょうがなかった。私は日本の生ぬるい水に馴染みすぎてしまったんかなあ、などと思いつつ、もう夜明けというのにベッドに入ってもなかなか寝つけなかった。(つづく)

1月21日と22日 晴れ
 明日は早朝の飛行機なので、実質的には最終日。さすがに起きられないかな……と思ってたら、食い意地のほうが勝ったらしくて、朝食時間の8時にはしっかり目が覚める。
 実は予定が殆ど白紙で、夜に上海でスタイリスト・コーディネーターとして大活躍しているヒキタミワちゃんと会う約束をしているくらい。
さてどうすべ、蘇州河の向こうにでも行ってみようかなと思っていたところに、料理取材をさせてもらったXから電話が来る。彼女には今日が最後の日と伝えておいたのだ。一緒に昼でも食べようということになって、12時半のアポに向けて活動を開始する。
 まずは昨日長々話を聞いてもらったO氏のオフィスへ。彼はちゃんと9時には出勤してた模様。タフだ〜。私が行った時には社員にシリア出張のデジカメ記録を見せていた。真剣に画像に見入り、熱心にメモを取る中国人社員を見ていると、勤労意欲ゼロだった、親方五星紅旗の時代がウソのよう。それとも彼のところに集まる人材が良いのだろうか。そういえば、彼は今妻子を日本に語学留学にやっていて一人暮らしだが、夕食はいつも社員と一緒に食べに行くと言っていた。そういう細かいところでのコミュニケーションが、社員のモチベーションの維持につながっているのかもしれない。
 O氏のところでアルバイトをしている、留学時代の知人と10数年ぶりに再会しておしゃべりに花を咲かせていたら、時間ギリギリになってしまった。慌ててXの携帯に電話を入れ、15分ほど遅れると伝える。
 待ちあわせ場所の音楽学院に着くと、Xもちょうど来たところだった。昔はコンクリの壁だったところに、今では小さな店舗が軒を連ねている。とはいえ、音楽学院の間貸しらしく、楽譜やCDを売る店が中心だ。サンリオショップはご愛嬌。
 懐かしいので、まずは校内を一巡する。音楽学院は、そこに経ってた建物の寄せ集めのようなものだから、洋館が点在していて面白いのだ。が、留学当時Xが働いていた音像資料室は、取り壊されて綺麗になくなっていた。昔の消防署の詰め所で、とても面白い建物だったのでちょっと残念。付属小学校は、私がいる時点で取り壊されてしまったが、ここは赤い尖塔がある洋館で、おとぎの国のようだった。外事弁公室がある元ユダヤ人クラブと、その隣にある元専家楼、元図書室で今はどっかの企業に貸している洋館は健在だ。父が上海に来た時に元専家楼に泊めたけど、幽霊が出たと言っていた。文革の時には人がたくさん死んでいる学校だから、幽霊の一人や二人出ても不思議ではないかも。懐かしい留学生宿舎は以前のまま。だが、男女一緒のフロアーになって、練習室も与えられていない。私がいた頃は、女子4階、男子3階とわかれていて、2階に専用の練習室も与えられていた(私は倉庫に使っていたけど)。各階に全自動の洗濯機とキッチンがあり、街の中心にありと、全国まれに見る環境の良さだったのだけど。今、元練習室は改修されて宿泊所になっている。アクセスが良いので、格安の旅をしたい人にはお勧めだ。

上海音楽学院外事服務中心
客室予約 021-64372577
宿泊料 200元/泊

 さて昼食。せっかく近くまで来たし、留学時代、私のエサ場だった「葡萄園」に行こうと提案する。
 葡萄園は、個人経営を「個体戸」と呼んでいた時代のさきがけのように開店したレストランで、ボッタクリ(当時個体戸の飲食店はボッタクリの恐怖が常につきまとっていた)もなく、味も良いということで、欧米人の口コミから人気が出て、「行列のできるレストラン」として上海では有名だった。その後、東湖賓館向かいの1号店は区画整理で取り壊され、並びにできた2号店、ロシア正教会横の3号店と規模を拡げ、最盛期には大規模の虹橋店と4つまで店舗を増やしたが、味が落ちて経営が上手くいかなかったらしく、今は3号店のみになっている。経営者夫妻とは1号店時代からの知りあいだ。
 規模縮小が良かったらしく、今は昔の盛況を取り戻している様子。ここに来るとバカの一つおぼえのように注文する、ピータン豆腐、手羽先の唐揚げ(これが絶品!)、青菜(この日は草頭を注文)、酸辣湯に白いご飯をオーダーする。一時「もう来ねー!」と思ったくらい落ちていた味も、元どおりに復活している。やっぱり目の届く範囲でやらねばいかんよね。
 おいしい料理をもりもり食べながら、Xとたまりにたまったよもやま話に盛り上がるが、話題は自然と「女の価値観」に発展していく。家庭での女の立場、妻であり母であり、それでも女として、ひとりの人間として生きていくためにはどうすればいいのか、といったような内容。それがなぜだか「男ってダメだよね〜」という結論に達したのは、二人とも日頃男にいかに失望しているかの現われだったりして(笑)。以降は「なぜ今の男はこんなにダメなのか」という話題で大いに盛り上がる。
 気付くともう2時を回っていた。2人で近所のスーパーに行き、キンモクセイの砂糖漬け、糯米の粉、ネギクラッカー、雪菜など、食料品を買いだめる。知人の見舞いに行くというXは見舞い品を買い、淮海路でわかれた。
 蘇州河の向こうに行くにも、ちょっと荷物が増えすぎた気がするので、父にもち菓子を買ってきてくれと頼まれていたミッションを遂行することにする。幸いこの近辺には大きめの食料品店が多いので、片っ端から回っておいしそうなものを物色。春節前のせいで、平日だというのに、どの店もまるで年末のアメ横のようにごった返している。さんざん迷ったあげく、広東料理の老舗、杏花楼のもち菓子と上海第一食糧廠の薩其瑪(ひも状のカステラ生地を飴で固めて揚げたもの)、春節につきものの八宝飯などを買う。買物にエンジンがかかったところで、地下鉄の陝西路駅構内の書店で本を3冊買ったら、またまた両手は買物袋でいっぱいになった。しかも重い。時刻は4時。うーん、どうすべ。
 と思いつつ横道をふらふら歩いていたら、ちょっとしゃれた門構えを発見した。リラクゼーションと書いてあるところを見ると、多分マッサージ屋だ。そういえば今回は一度もマッサージを受けてない。値段表には全身98元と書いてあるから、普段行くところ(60元)より高いけど、たまには贅沢もいいわさと門をくぐる。
 中も至ってこじゃれている。受付の女の子にどのメニューにするかを聞かれ、奥のロッカールームでバスローブに着替えさせられる。備え付けのスリッパを履いて2階に上がると、薄暗い室内にベッドが並んでいる。どうやら客は私一人のよう。
 マッサージは若い男の子で、腕前はなかなかだった。ただ予想外だったのは、顔面マッサージの時蒸しタオルを顔に当てられてしまったこと。メイク道具持ってきてないよー! すっぴんで街を歩かにゃいかんのだ。こらまいった。今度来る時にはメイク道具必携ってことで。あと、足裏も足浴があったりしてなかなか気持ちよさそうだったんで、次は2時間コースを奮発してみようと思う。たっぷり60分休ませてもらって98元は、考えようによっては割安かもしれない。あとで気付いたのだが、ここ、上海ウオーカー(フリーマガジン)にしっかり載っていた。

渓(mur-mur)
進賢路216号
予約電話 62670235
マッサージ(60分) 98元
足底マッサージ(60分) 88元
全部(120分) 168元

体が軽くなって、というか、お風呂上がりのようにほわほわになって、街を歩く気持ちがすっかり失せてしまった。もういいやー、帰って寝ようと、タクシーを拾ってホテルに。翌日早いので、ホテルの精算を済ませる。部屋に戻って横になると同時に寝てしまい、起きたらすでにミワちゃんに連絡を取る時間になっていた。今日は彼女は、蘇州へロケハンに出かけているそうだ。
 ミワちゃんはまだ蘇州から帰る途中で、直接ホテルに来てくれるという。というわけで再度寝にはいり、彼女がドアをノックする音で目が覚めた。
 実はミワちゃんとは電話で話したことはあるが初対面。でもすぐに打ち解けて、さて夜遊びしようと外に出る。
「えー! 新天地まだ行ってないんですかー。一度は見ておかないとー」と言われ、まずは新天地へ。いやー、写真なんかで何度も見てたけど、そのままだねー。人、いっぱいだねー。おしゃれな店がたくさんあるねー。と、おのぼりさん丸出しできょろきょろ見渡す。でもそれだけ(笑)。ここでゆっくりしたいとはあまり思わないし、上海の伝統的住宅様式の「石庫門」を採用してるとはいえ、何となく張りぼてっぽい。テーマパークとしてはいいかもしれないけど、それ以上の感動はなかった。
 というわけで、一回りしただけでとっとと新天地を後にして、ミワちゃんが好きだという、歩いて5分ほどの場所にあるワインバーへ。ここ、上海で一番最初にできたワインバーらしい。だけどお客は全くいなくて、経営大丈夫なのかなあと思ってしまう。が、雰囲気は悪くない。
 お腹が空いていたのでまずはスプリッツァとボロネーズを頼む。何とカッペリーニにケチャップ味のミートソースがかかっている。懐かしい給食の味。にしてもなぜにカッペリーニ? 茹で時間が短いから? やっぱり上海の洋食はまだまだだなあ。
 ワインの数はそう多いわけじゃなく、グラスで飲める種類が少ないのもちょっと残念だ。でもまあ、今日はワインは付け合わせみたいなもの。適当にピノ・ノワールを頼んで、初対面とは思えないほどしゃべりまくる。
 彼女はとにかく元気で、人にもその元気を与えるような人だ。今は日本のTVや雑誌のコーディネーターがメインらしいが、実はナチュラルメイクを中国に定着させた立役者なのである
。次は上海でケーキのおいしいカフェをやりたいという彼女に、「パティシェとして来て下さい!」と勧誘されてしまう私(実は店主は元パティシェだったりする)。うん、それも楽しいかもね。でも本当においしい乳製品を見つけてからねと、条件付きで約束する。カフェじゃなくても、彼女と仕事をするときっと楽しかろうなと思う。
 1時過ぎまでしゃべり倒して、明日も早いというミワちゃんとわかれる。飛行機の時間を考えると、5時には起きなきゃいけない。この分だと、お風呂入ってベッドに入ると起きられないだろう。というわけで、荷物を整理し、お風呂はなしにして、服のままベッドに横になる。
 目覚まし通りに目を覚まし、朝食の肉まんづくりに精を出す従業員にお礼を言って、道端でタクシーを拾い、暗がりから朝もやに変わる高速道路を飛ばす。道路はがらがらで、予定よりも30分早く空港に着いた。チェックインを済ませ、朝食にバカ高い麺を食べる。今度来るのはいつになることか。仕事か遊びか、いずれにせよ、私とこの街とは、一生縁が切れることはないだろう。どのように付き合っていくかは、今後の私の身の振り方に関わっているだけで。               (おわり)

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