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| 1月10日 鎖を放たれた犬の如く |
本日も晴天。これも普段の行いがいいからに違いない、たぶんね。
朝食後、ホテルの老板娘と部屋替えの交渉をする。もう1つの280元の部屋はちょっと狭くてダブルベッドながら、浴室がゆったりしていて、何より日当たりが良いが、今いる台湾人女性に1ヶ月おさえられてるという話。もう1部屋は窓枠を交換したばかりで、塗料のニオイがすごくてとても居られない。しゃーない、どうせあと2泊だし、一番高い480元の部屋にするからまけてよと言うと、意外とあっさり420元にしてくれた。このホテルはまけないと思い込んでたが、やっぱり言ってみるもんだ。
さて本日は、夕食をYさん&彼女の長女ととる約束になっている。場所はこれまたお約束のフランス料理、Le Bouchon。じょーちゃんの上海来訪の目的のひとつが「タルタルステーキを食べること」なので。Yさん宅の子供たちもまだ冬休みなので、じょーちゃんは1日Y宅で過ごし、私は夜まで自由行動。さーてさてさて、どこに行っちゃおっかなあ。心が踊る。
じょーちゃんと一緒にY宅まで自転車で行き、じょーちゃんを預けてから、ひとりで自転車をひたすら東に向けてこぐ。目的地はもっちろん、東台路。
メインコレクションの旗袍もポスターも、ブームですっかり品薄&高値になり、テンションがだいぶん下がっている最近の私。最近凝りだしたのが、民国〜1950年代のブリキ缶。今のところ、上海ブランドのものを集中して買っている。時代の風俗文化が透けて見えるところが、ポスターとよく似ている。今はまだ買える値段だが、ポスター同様に遠からず値段が跳ね上がってしまうだろう。住んでいたらもっと通えるのに、と思うとちょっと悔しいが、こればかりは仕方ない。
今回東台路での収穫は……沙利文(サリバン/チョコレート・ショップとも呼ばれていた)の大きなビスケット缶、今はなき上海のケーキ屋、馬宝山のボストンケーキの缶、倪鴻順源記の「金華ハムでんぶ」の缶、開朗の電池缶など、ブリキ缶5点に、型抜きガラスの大き目キャンディーボックスを3点、タイルを5枚。旗袍はあちこちの店で見かけたけど、コンディションもデザインも、値段に見合うものがなかったから1点も買わなかった。空振りはこれで2回目だから、そろそろ見切り時かなあ。
東台路まで来るとつい足を延ばしてしまう南市地区。旧中国人地区で、道が入り組んでいるため、未踏破地域も結構多い。今回も気の向くまま、入ったことがない小路を適当に走らせていると、湯団の生地を自家製してる店を発見(*1)。
湯団を家庭でつくる時、ほとんどは「糯米粉」というもち米を粉末にしたものを買ってきて、それを水でこねたものを使うが、本場寧波では、水でふやかしたもち米を砕いて水気を絞ったものを使う。当然後者のほうがはるかに面倒である。両親が寧波人です、という女の子に食べさせてもらったのと、春節近くに、今はなき嘉善路の菜市場で布袋がぶら下がってるのを見たきりなので、これ幸いとテーブルにつき、湯団4個を注文する。1つ0.5元、4つで2元。美新よりもだいぶん大きい湯団は、中身が少々少ないものの、もち米の小片が残っていてその食感が楽しい。でも実は美新ののほうが好きだったりして。
そのまままっすぐ東に向かい、バンドに近いところで北に上がって、一番古い上海料理屋の徳興館旧跡(*2)を見学したりしたあと、水晶を買うために金陵路へと向かう。
金陵路は、上海唯一のアーケード型商店街。スコールの多い東南アジアあたりでよく見られるらしい。広州にも同じようなもんがあった記憶が……。
お目当ての水晶専門店は、いかにも国営でございとばかりに、店内はさびれ切っていて、従業員のやる気ゼロな態度も、今となっては新鮮。今様の熱心な接客にさほどありがたみを感じない私なので全然オッケー。紫水晶のブレスが欲しかったけど、値段を見たらバカ高かったので、仕方なくまが玉型チャームを購入。300元。
そんなこんなで昼時になってしまったが、食事をする時間も惜しんで、薬や食品やらを買うために、老舗の多い南京路へと向かう。途中空腹に耐えきれなくなり、葱油餅(葱入り揚げパイ)を1枚食う。0.7元。
南京路は相変わらずの人出だが、歩行者天国のおかげでだいぶん歩きやすい。三陽南貨店で精進ハムなど「精進系お八つ」を買い込み、薬屋で腹下しの特効薬の「霍香正気水」やら金ノドトローチやらご家庭用吸玉やら、気付いたものを片っ端から買い込み、途中沈大成の露店で鶏の串焼きをお上りさんと一緒に頬張り、老鳳祥で、中国のばーちゃんがしているような純金のピアスを買いなどしていると、おやまあ、もう日が傾きかけている。目に付いた店に片っ端から入って観察しているので、結構歩いていると思うけど、日本ではダルマになっちゃうじゃん? と思うくらい歩かないので、ふくらはぎが鈍く痛むのが情けない。華聯商厦の前で、ローラースケートで踊るけったいなじいさん(*3)にくらくらしたが、その他はさしたる発見もなし。
南京路をめぐりつつ熟考の結果、やはりどうしても欲しいものがあるので、東台路へとって返す。目的のブツを購入し、ようやくY邸へ戻ることに。とはいえ途中でもあっちで停まり、こっちで横道に逸れ、一向に先に進まない。結局Y邸に着いたのは、東台路を出発してから1時間半後と、通常の3倍の時間がかかってしまった。じょーちゃんを連れてこなくて正解だった。というか、じょーちゃんを連れていたらこんなに道草は食えないわな。そもそも、夕食の予定が入っているからこんなに早く帰るわけで、何も予定がなかったら、何時までほっつき歩くかわかったもんじゃない。そして買物が雪だるま式に増えていき……。自転車行動唯一の欠点は、「モノを買いすぎる」ことかもしれない。
Y邸に着き、本日の戦利品をYさんに見せびらかす。彼女は私のがらくた収集癖を熟知していて、それをいちいち面白がってくれる、貴重なお方なのだ(いっつもすみません)。彼女の娘のピアノレッスンが終わったところで、タクシーにてBouchonに向かう。
いつもは8時頃に行くが、今日は子連れということで、他の客に迷惑がかからない早めの時間に予約を入れている。前菜に私はサラダニソワーズ、じょーちゃんはオニオンスープを選び、タルタルは1皿を2人でシェアしてもらう。十二指腸潰瘍のせいで酒が飲めなから、飲み物はサンペレグリノ(ガス入りの水)。デザートはじょーちゃんがフランボワーズのソルベ、私は日本で絶滅種に認定されているクレープシュゼット。子供たちは、8時を過ぎる頃から眠そうで、Yさんの長女はデザートを食べ終わらないうちにうたた寝を始めてしまう。8時を過ぎてテーブルが満席になった頃、帰路についた。
Bouchonからホテルまでは結構近く、タクシーで5分ほど。ホテルに着くと、部屋替えが終わっていた。さすがに480元だけあって豪華(*4)。ベッドルームの奥には社長室みたいな居間があり(*5)、シャワーブースもつくバスルーム(*6)は広くて清潔で言うことなし。じょーちゃんは湯船とシャワーブースを往復して、1時間近くもバスルームにいた。ふやけますぜ、あんた。
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*1 水でふやかしたもち米をすりつぶしたものを、布袋に包んで水気を絞っているところ。これを生地にして、中にゴマあんやスープたっぷりの肉あんを包んでゆでる。
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*2 現在の徳興館は東門路にあり、「上海らしい」料理を食べたければ、ぜひ出かけていただきたい老舗だが、再開発のため立ち退きが決まっており、現時点での引っ越し先は不明。これは1950年代に現住所へ移転する前の徳興館跡。杜月笙や孫文をはじめとする当時の「大物」たちは、ここで宴席を持ったと言われている。この建物も取り壊しが決定しており、1階部分はすでにベニヤなどで封鎖されていて、かつての面影を見つけるのは難しい。もっと早くに訪ねていればと、ちょっと後悔。
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*3 カメラを向けると、こっちに向かってきてポーズを取る、いかしたじいさんであった。一体何を訴えたいのか……。
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*4 家具は新しいものだが、建物の雰囲気に合わせてアンティーク調を採用。ベッドルームの広さは20畳くらいか。最初からこっちに泊まれば良かったよ……。
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| *5 ベッドルーム奥にあるドアを開けると、こんな部屋があった。やたらとでかいデスクはフットレストもついていて、結構お高いのではと思われる。 |
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| *6 バスタブの深さは充分、窓もあって気持ちがいい。何よりとても清潔! ただしこのホテル、タオル類はここで洗うせいか、かなりくたびれてるのに当たることもあり。キレイ好きは自分で用意したほうがいいのかも。 |
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