CARO DIARIO
日記 2005年12月
消火班長ですが何か?/ずぶ濡れグラスでビールかよ/兪賢穆監督健在なり/どうして傍点!/映画検定本当ですか/「映画放浪記」ご一読を/美術館民営化は知への嫌悪である/映像教育の現場を見る/「小津っぽい」とは?/などなど
2005/12/30
風呂と便所と洗面所掃除。窓ふき。年賀状投函。何となく物悲しい気分。清水浩之さんから「百歳の映画作家 樋口源一郎〜生命のスペクタクル」のご案内をいただく。構想段階でしか関われておらず、申し訳ない気持ちに。
夜、ご案内を受けていた脚本家原田よしかさんの韓国料理の集いに出る。いわゆる「オフ会」になるが、実は生涯初めての経験である。書道家、イラストレーター、衣服メーカー、ドラマー、TVディレクター、ギャンブル雑誌編集者など、さまざまな方々と結構楽しく騒ぐ。サムギョプサルうまー。止まらねえ。
今年、自分が得たいちばん大切なものは、数多くの年下の友人だと思っている(その方々に僕が「友人」と思われていないなら謝ります)。実は今、それ以上大切なものなど、なかなか存在しないのではないか。世界は君たちのものだ、それは僕たちのものでもあるが、結局は君たちのものだ、と言ったのは毛沢東だったか。2005年の日記はこれにて終了。友情と連帯。
2005/12/29
本屋に「メガネ男子」なる面妖な本が並べられていた。メガネ着用の男が好きだとのたまう女性たちが作った本だという。言うに事欠いて何言ってやがる、ってヤツである。めくってみると、「メガネ男子愛」を語る女子座談会とか、おぎやはぎインタビューとか。世のメガネ着用男性よ、このようなはしたない挑発に決して乗ってはならぬぞ。
夜、新宿にて「映画芸術」忘年会。多士済々なり。編集部武田さんの甲斐甲斐しいサービスぶりに感激。脚本家の西田直子さんに『ビタースイート』観られなかったことをお詫び。川上皓市キャメラマンに『群集の行動を考える』って短篇を観ましたよ、という話をしたらウケる(本年7月27日日記ご参照)。「ああいう文化映画は、自分らが楽しくやらないと面白くならないんだよね」。川上さん・篠田昇さんコンビの学研映画にはもう一本『アルコールと体』という作品があるそうで、そこに出演する「荒れた胃壁」は川上さんの胃なんだそうだ。「端尺を使うもんだから、胃カメラ飲んでる最中にフィルムチェンジになったりして、困ったね」。映画研究系のライターとして藤井仁子さん、大久保清朗さんがご参加。いろいろ放言したかも。最後のジャンケン大会では、藤井さんが大賞、グランパパ提供の大きなワンちゃんぬいぐるみを獲得された。もう津川雅彦さんに足向けて眠れませんね。なお僕には『怒りの葡萄』廉価版DVDが当たりました。
2005/12/28
まだ仕事が積もっているが、ひとまず夕方で切り上げる。解説を書いた色川武大「映画放浪記」落掌。たいへん美しい装丁で、元の本である「色川武大の御家庭映画館」が可哀相なぐらいである。いい機会を与えてくださった方々に感謝。
正月明けに朝日新聞の名古屋版に載せてもらう文章をうじうじと直す。
2005/12/27
兪賢穆監督特集の後片付けに忙殺される。夜、職場の忘年会を経由して、ドキュメンタリー映画の明るく暗い未来を語る集い。さらに、某所で瀬々敬久監督ご夫妻にはじめて遭遇。このサイトをお読みになったことがあるそうで、猛烈にビビった次第。
2005/12/26
こんな年の瀬まで講義があるのだ。その前に、学生たちのビデオ製作実習の作品に出演する。門間助教授も声の出演をするそうで、担当の先生からも先週「岡田さん、ご迷惑かけますがよろしくね」と丁寧に言われたのでちゃんと出ようと思う。ストーリーの都合だそうだが「小津っぽい」台詞回しが求められ、いま一つ釈然としないまま演じる。そして「小津っぽい」ローアングル。小津の真似は小津の真似にしかならない、とは黒沢清監督の至言だが。学生たちはここに至るまでトラブルシューティングで結構苦労をしたそうだ。
前売券を2枚ほど無駄にしてしまったことに気づく。がーん。
2005/12/25
昨日は「ポーランドの映画ポスター」展のギャラリー・トーク。講師はポスターのみならず絵本にも造詣の深い武蔵野美術大学の今井良朗先生。内容深くかつ余裕の語り。ポーランドでは、ある映画を観ようと決めた人のうちポスターを見て決めた人の比率が1%程度しかない、という統計があるそうで苦笑。つまり街に飾られているのはポスターでなく、単にアート作品であると考えた方がいい、と。チェコスロヴァキアのポスターも素晴らしいそうなので、何かの機会に見たい。
山本貴光&吉川浩満『心脳問題』読みすすめる。なんという読みやすさ。
2005/12/23
俳句の忘年会。まず午後は、目黒区の施設となっている某歴史的日本家屋を借りて、この一年に私たちの作った俳句総覧から各々年間ベスト5を選ぶという趣向。あっという間に退去の時間が訪れてやや寂しく。夜は西新宿の「白龍館」でトマトタンメンほか。ドイツ留学帰りの仲間であるほしやくんを囲む集いでもあり、久々に15名も集合する。15といえば、来年の2月でわが俳句結社は発足15年である。みんな唖然。
2005/12/22

今日はジョー・ストラマーの命日だった。ちゃんと思い出せたので、出勤前に3曲ほど聞いてから電車に乗った。午後、美術館本館で教育関連の会議。ホントに最近は教育のことばっかりやってる。
データベースでジガ・ヴェルトフの『レーニンのキノプラウダ』を検索しようとして、「レーニン」と入力、検索ボタンを押した。むろんその映画は出てきたのだが、その後ろに『複合トレーニング』とか、体育関係の教育映画がごっそり出てきて苦笑せざるを得なかった。思えば、僕のいた大学には「レーニン体育館」があった。本名は「トレーニング体育館」なのだが、表札の「ト」と「グ」が外されてそうなったのである(各文字は金属の立体で、壁に埋め込まれていた)。そのうち生協の看板「COOP」も、ある日何者かの努力によって「CCCP」に変えられた。みんな笑っていた。ソ連があった頃の話である。
2005/12/21
国立美術館には「市場化テスト」が導入されないこととなった。ひとまずは理性の勝利だが、今後また再燃する可能性も含め、このテの議論には悩まされるのだろう。総資本の攻撃に抗う術を少しでも身につけよう。
朝、小田急線の経堂で某ミーティング。意外と長くなる。新宿で立ち食いそば。職場でミーティングあれこれ。会場へ降りると、『誤発弾』に若い人たちが結構来ていて嬉しかった。もっと来てやー。
2005/12/20
群馬に出張。前橋市の小学校で、群馬県が日本で初めて導入した映像教育の公開モデル授業を見学する。あまりに画期的で、行かざるを得なかったのだ。もちろん今日限りの授業ではなく、一定期間行われるカリキュラムの途中の一回である。今日は「サイズとアングル」と学ぶということで、撮影した静止写真を見ながら、それが何を喚起させる表現なのかを子どもたちに答えさせていた。空の写真、体育館の写真、広場の写真。だが気になったのは、ある答えを出した子どもに、先生が「正解」と言ってしまったことである。映像の読み取りには「正解」も「不正解」もない。そのことは、後でこの県での映像授業を推進した小栗康平監督も指摘していたのだが、実はその先生とて「正解」などとは言いたくなかったのだ。「正解」を求めさせてしまったのは、実はニホンの公教育制度そのものに他ならない。闇は深いが、闇のありどころが見えたのは前進だった。
映像教育には、恐らく二つの形があると思う。一つは、今日の授業が見せたような、映像の成り立ちを構造的に呈示するメディア・リテラシー型である。これはどうやらニホンの教育制度と親和性があるようだ。映像の氾濫するこの時代に合致するばかりか、比較的お金がかからず、45分という通常の授業時間の積み重ねで可能だ。だが、この形式はどうしても映像への批判的な読みが前提となってしまう。だからこそ、むしろ映像への絶対的な肯定を促す鑑賞教育をもう一つの車輪として構築しなければならない、と痛感する。ただそのプログラムは、この夏の「こども映画館」が示したように、1回につき2時間から3時間は必要だろう。この長さは今の教育制度にはなかなか馴染みにくいが、ここを看過しては未来は暗黒だろうと思う。学校教育と映画鑑賞、その間をつなぐ「フィルム・エデュケーター」。志があって、かつめちゃめちゃ子どもに好かれる方はいませんかね。
小栗監督は授業の後の講演会で聡明にも言った。今の子どもたちは、小学生になる前にテレビなどですでに絶望的な映像体験にさらされているのだと。一方で僕は、グリフィスの『ドリーの冒険』を観た未就学の女の子が、恐怖のあまり号泣し始めたのを目撃している。感受性豊かな彼女は、その年齢でもうモンタージュの機能を十全に理解しているのだ。そういう出会いの場を、あらゆる場で保証しなければならない。
2005/12/19
朝、友人から「原稿できた? 明日締め切りだけど」という電話が入る。は? まだ編集部で検討中かと思い込んでいて、何もしていなかったPR誌の短期連載である。青ざめながら「すぐやります」と答えて電話を切る。講義へ出る。夜、青ざめながら書く。
博物館・美術館の民営化とは何だろうか。サービスの効率化? それが事態の本質であるはずがなかろう。要するに、これはポピュリズムによる知性や教養への嫌悪なのだ。だが知の価値の否定は必ずや、民営化推進論者の好きそうな言葉である「国力」の低下を招くだろう。まずは、その視座から批判を始めなければなるまい。最終的な論理は断じて「サービス」ではなく、「知」である。
2005/12/18
今年知り合いになった哲学者の吉川浩満さん(哲学の劇場)が、先に『アワーミュージック』公開中の日比谷シャンテでプレゼントの抽選に応募したところ、ゴダールの4枚組DVDボックスプレゼントが当たったという。すっかり忘れていた頃に突然届くのも嬉しいだろうなあ。おめでとうございます。裏山C。
2005/12/17
寒くなったなあと思ったら、もっと寒くなってきた。温泉、という語が頭に浮かんだのでネットを探索すると、「八九郎の温泉ホームページ」なる面妖なサイトに突き当たった。いつも車にタライとビニールシートを常備したこの人、もう廃れてゴミ溜まりになってしまった源泉を掘り起こして漬かる。温泉近くにあった工事現場の地面のへこみに溜まっていた泥だらけの湯に入る。国道沿いに吹き出ている湯をためて入る。通りがかりの人に笑われながらドラム缶の中でニコニコしている。常軌を逸した偉大なウェブサイトだった。
2005/12/16
思うところあってロシア語の教科書を買う。大学生の頃少しかじってみたことがあるが、ましてや今ごろ習得できるわけはない。でもどうしても欲しくなったのだ。兪賢穆監督特集、もうちょっと入らないかなあと思う。NHK「ハングル講座」にもインタビュー出演されたのだが、気づいた方はおられませんでしょうか。「neoneo」の年末アンケートを書く。
2005/12/15
昨日は学生たちに特別映写。忙しくてフォロー弱し。その後二、三の用事を済ませてから、友人の誕生会。明るく暴れるいいオトナ多数。本日は細かい原稿、来年度の企画の仕込みなど。
2005/12/13
前々から噂は聞いてはいたのだが、キネマ旬報社(キネ旬総研)が来春を第1回として映画についての知識を問う「映画検定」試験を実施することになった。うわー本当にやるんだ。1級から3級まであり、2級と3級はマークシート方式。1級は記述式! 公式テキストブックも発行されるとか。すぐに何かの役に立ったりしないのが微笑ましいが、いったい誰が問題を作るんだろうか、と何人かのお顔がなんとなく思い浮かぶのだった。
ところでキネマ旬報社といえば、今月下旬に刊行される色川武大の「映画放浪記」の巻末解説文を僕が書いております。これは、色川ファンでもなかなか持っていない、古本屋でも見つかりにくい本として有名な「色川武大の御家庭映画館」の新装版。彼の遺した唯一の映画エッセイ集です。ぜひお買い求めを。
2005/12/12
講義。市川崑におけるドキュメンタリーの位置について。新宿紀伊国屋、電気屋などをうろうろ。夜、中野の「ハレルヤ」で韓国料理。脚本家の原田よしかさんにばったりお会いする。チャプチェやっぱり旨し。閉店の噂は誤りだと知って安心。帰宅。「週刊将棋」読みつつコンビニの安ワインをちびちび。なかなか先へ進まない原稿が二つあって気が重い。「中央公論」に書いた『ある子供』評、文中の「カンヌ国際映画祭」の箇所に指示していない傍点が付されていて驚く。あれれれ。
2005/12/11
日本将棋連盟の「プロ試験制度検討委員会」がアンケート結果の集計を発表した。大多数はプロ入り新制度の創設に賛成である。要するに、今の三段リーグ制度は優秀な人材を正しくプロ界に送り込むためのシステムとしては不完全である、と。でも、だからといって瀬川さんみたいなテスト形式を繰り返してもダメだ、と(「ショーアップし過ぎで興ざめ」の意見もあった)。そこで案外細かく議論されていたのがアマチュアの奨励会への途中編入。それは確かに盛り上がるが、うまく枠を作らないと奨励会に入る人が激減するだろう。あと、こうなったら奨励会は週末でしょう。義務教育対象者や勤め人を平日に集めるのはもうやめようね。
ごちゃごちゃ資料読み。ふと『よみがえれカレーズ』を見直す。夜、突然思い立ってレイトショーで『狼少女』(深川栄洋)。カット割りはぎこちないし、時代考証の甘さも拭えない。ただ、転校してゆく女の子の乗るトラックを追って、少年が赤いランドセルを背負って走るショットは素敵だった。次は固定ショット中心の、本人脚本の映画を一本撮らせてあげたいと思った。
2005/12/10
風邪が悪化してダウン。こんこんと眠る。夜にはかなり復調。
2005/12/09
昼、新藤兼人賞・SARVH賞の授賞式。前者はプロデューサーが新人監督を選ぶもので、金賞が宮藤官九郎氏、銀賞が内田けんじ氏。大変恐縮しながら賞を受け取るお二人。後者(SARVH=サーブとはこういう団体です)はプロデューサーがプロデューサーを選ぶという新設の賞で、『パッチギ!』の李鳳宇氏が選ばれた。日頃プロデューサーという方々には会うことがないので、会場は存じ上げない方ばかり。早々に引き上げる。
夜、来日中の金弘準(キム・ホンジュン)監督(『マイ・コリアン・シネマ』)らと食事。韓国でもなかなか観られないから、と兪賢穆監督特集に通われている。今日も『太陽はまた昇る』をご覧になって興味深げなご様子。
2005/12/08
仕事、なかなかはかどらず。夜は兪賢穆監督夫妻とお食事。お二人のなれそめなど伺ってしまう。家庭菜園に精を出しているという近況や、韓国映画史の貴重なお話も。
今年の日本映画ベストテンを考える。もはや新人監督は把握不能である。その一方、軽く10位入りと思っていた佳作が続々と次点以下へ落ちてゆく。そう思えるぐらいには今年も観られたわけで、ちょっと安堵。
2005/12/06
兪賢穆監督特集、初日の諸行事つつがなく終了。やっと慣れてきたと思っていた司会業、まだまだ未熟だと思い知らされる。ソウルで初めてお会いした時から、僕のような若輩者に対してもなるべく直接日本語で話そうとされる監督は、今日のトークでも途中から日本語になった。頭が下がる。
夜には完全にガス欠状態。ただ、カタログをお求めの方々が列をなして受付に集まられたことには感動した。
2005/12/05
講義の前に四方田センセイとばったり。風邪で臥せっておられたようで、声がかすれている。風邪で寝込んだ時に桃缶を食うか食わないかがしばし話題に。僕にはそういう習慣はないが、ひと回り上の世代には常識のようだ。講義は松本俊夫『西陣』をめぐって。
昨日書いた「アントワープ・セントラル」をひとりで瞬間偵察。金をかけただけあって雰囲気はまずまずだが、グラスの水切りが悪すぎないか。忙しいのは分かるけど。あと、いま出店するなら値段ももっと下げてくれー。
夕方、兪賢穆監督夫妻をお迎えに羽田空港へ。もう羽田しかありません。空の上の時間よりも都心=空港間の地上交通の方が時間を食う成田=仁川便にはうんざり(ソウルと仁川がまた遠いのだ)。ご夫妻はお元気に到着、ホテルまでお送りする。明日はオープニング。気合の詰まったカタログも、どうぞお求めくださいませ。
2005/12/04
川上弘美のエッセイ集「此処 彼処(ここかしこ)」を本屋で立ち読み。昔から京橋へ映画を観にいらしていたようで、約20年ぶりに『東京物語』を観て、堤防の上に腰掛ける東山千栄子の姿に涙を流されたそうである。だがこのエッセイの題が、インターネット上の紹介文では「フィルムセンター」となっていたのに、本では「京橋」となっていた。編集者に土壇場で変えられたのだろう。残念じゃ。
先月、ついにベルギーの醸造会社直営のビアカフェ「Belgian Beer Cafe Antwerp Central(アントワープ・セントラル)」が東京丸の内に開店した。「早見表」に付け加えます。
2005/12/03
兪賢穆監督特集オープニングの準備。メルマガ「シネマコリア」に掲載していただいたことを確認。もう一度ラインアップを振り返ってみる。登場しただけで、ほのぼのした映画の空気を変えてしまう『修学旅行』の留守宅の妻・文姫(ムン・ヒ)は必見。『恐妻家三代』の浮気者課長、『太陽はまた昇る』の放浪おじさんを演じる許長江(ホ・ジャンガン)のとぼけた味わい(実は『シルミド』のホ・ジュノのお父さん)。『人間の子』で異端のカルト教祖を演じ、ほとんど神がかったような芝居を見せてくれる河明中(ハ・ミョンジュン)。『みんなあげましょう』の未亡人・趙美鈴(チョ・ミリョン)は顔つきがやや中村玉緒か。そして兪賢穆監督の分身といってもいい金振奎(キム・ジンギュ)。この時代の韓国映画は、とにかく役者です。作家主義だけでは測り得ない豊饒さ。
某所で、1982年にフランスで発行されたクリス・マルケルの写真集、という大変珍しいものを見せていただく。『サン・ソレイユ』と同時進行のものだろうか。お返しに、ドゥエイン・マイクルズのポケット判写真集をお貸しすると約束。
新文芸坐の今日のオールナイトはジャン・ルノワールとジャック・ベッケルなんだそうだ。ああ、今どきそういうことキチンとやってくれて嬉しい。ひとはある時『フレンチ・カンカン』をスクリーンで観て、別の人間へと生まれ変わるのです。
2005/12/02
友人の雑誌編集者が、福田和也氏のとんかつ暴食旅行に付き合ったのが「Straight」最新号に載っているというので、ああいう雑誌は嫌いだが買ってみる。八ヶ岳、伊那、上田、とロケバスに揺られながら本当にとんかつばかり食っている。あのね君ら、そのうち滅びるよ。と言いながら、山手線29駅とんかつ屋リストはページを破ってファイルしておこう。小津安二郎の好きだった御徒町の「蓬莱屋」って、ひれかつ定食が2900円もするんだ。いやーん。
火災訓練。フィルムセンターだけではない、世界のフィルム・アーカイヴの歴史は火災の歴史でもある。「消火班長」として見えない火をみんなでしっかりと消す。消火栓の構造もよく理解しました。午後はまた外回り。首尾上々、としておくか。
2005/12/01
中川信夫特集余話。今回上映された作品にはすべて英語字幕がついていて、『東海道四谷怪談』では、当然ながら主人公の伊右衛門を呼ぶ「Iemon」という文字が多用される。だが、ある女性は映画が終わるなり、友人に問いかけた。「レモンって何なん?」。彼女はずっと悩んでいたのだ。ひょっとしたら英語には「ハニー」や「ダーリン」のように、人を呼ぶときに「レモン」という言い方もあるのだろうか、と。
僕の山形映画祭報告が「未来」12月号に掲載されました。当分このサイトにはアップしませんので、ひとまず「未来」を買ってください。未来は金で買えないが、「未来」は105円で買えるのだ。しかも本屋では無料。3か所もリンクつけなくていいか。
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